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ぽたぽた。 WJ黒/子の/バス/ケの二次創作BL小説中心女性向同人サイトです
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(オムニバスです)



[ストックホルム症候群]

 息苦しい。気持ち悪い。バスケをしている間、この感覚は消えない。それはもうずっと前からだ。
 がごんっと青峰がボールをゴールに叩き込んだ。本日19回目のシュートは自分たちから見ても鈍い。つまらなそうに、嫌そうに、気持ち悪そうに、恐れたように、青峰の周りだけ空間が広がる。青峰はまた不機嫌になっていて、何も言わなかった。
 ぐるぐると煮詰まるような感情をブザーが嘲る。くだらない結果だ。得点を確認する必要もない、勝って当たり前の、青峰が蹂躙しただけのつまらない試合だった。疑いすらしていなかった結果に笑いたくなった。
 整列してみれば、相手は泣いている。こちらは不機嫌と笑顔とびびりと疲れ。インターハイの出場決定したというのに我ながら馬鹿にしていると思う。ただ一人若松だけ、一番遠くで笑っているように見えた。
 その瞬間それが、何やら、ただただ愛しく思えた。
「……ああ、こりゃあれや。なんやったかな」
 狭いコートで、試合は40分。不定期に訪れる強制的な共有だ。きっと効果はあるだろう。
 しかし、ひどい。いったい被害者は誰だ?
 青峰の荒んだ力に一方的に蹂躙された相手チームや俺たちか。それとも力を押し付けられて俺たちに嫌われた青峰か。ならば同情したのは?
「若松」
「はい?」
「……お前、どっちなん?」
「は? 何ですかそれ」
 若松は分からないと視線で訴える。笑っていたくせにと思うが言わなかった。
 息苦しい。振り返ったところには誰もいない。コートはすでに空っぽだ。





[「あなたが私を愛してから、私はどれだけ価値のある人間になったでしょうか。」]

「若松先輩が、ちゃんと好きになってくれたらいいのに」
 帰り道で桜井に詰られた。驚いて振り返れば、桜井は俺を見たまま泣き出しそうな顔をしていた。
「若松先輩……」
「おう」
「僕が、好きですか?」
 外だからもう随分と暗い。家明かりに照らされて目元がかすかに煌めいた。
 桜井は綺麗だ。誰でも同じように、笑った顔と言うのが一番いいんだと思う。だけど桜井を思い浮かべるといつも真っ先に出てくるのは泣き顔で、俺はその顔が嫌いじゃない。
「ああ、お前も好きだよ」
「……そうですか」
 くすっと小さく桜井は笑う。なんだと思っていると唇が重なった。混ざる唾液を拭った一瞬、頭の端を誰かが掠めた気がした。
「……僕は、若松先輩のこと好きです」
「そうか」
「はい」
 抱き止めた腕の中で桜井は笑う。歪んでいく唇は赤くて、細く細くなる目元も赤くなっていた。俺はえらく、それに煽られた。
「だから、いつか愛してください」
 再び重なった唇を離すと、桜井は呟き、そして泣き出した。
 ひしゃげたような顔なのにやはり綺麗だなと思った俺はその涙を飲み干す。これは不味かった。





[大犬レラプス]

 床の上に引き倒されて、圧し掛かられる。死ねと思うが打ちつけた頭がまだ正常に働かないため口が動かない。そのうち服の下からまさぐられ、同時に喉元に熱いものが触れる。鋭い痛みにカッとして殴り付けた。噛みつくな。
 虚仮にされている気がして逆に押し倒した青峰にまたがる。右手を膝で踏みつけて、左手は頭の上に押し付けた。捉えた、そう思う。
「あ……?」
「ざまぁみぃや。縛りつけもせんで、好き勝手やれると思ーとるのがまず間違ごうてるで」
「あー……」
 笑って失敗したと嘯いて、青峰はからだの力を抜いた。腕を傷つけるような一切逃げない行動に舌打ちを鳴らす。
 こいつはもう絶対に捕まらないとわかっているらしい。逃げる相手は逃げ切れず、しかし捕まえる方も絶対に捕まえられない。だから逃げることも追いかけることも放棄して、お互い止まってしまった。一定の距離を保ったまま動かなければ、ずっと目の前にいるのにだ。
「……腹立つわぁ、いつか捕まえたる」
 首のネクタイを外した。必要ないが縛り付ける。そのほうが青峰が勝手に安心するんだろう。逃げない理由になるからだ。
「俺が追いかけてんだよ」
「阿呆。俺が追ってんのや」
「あいつらから逃げてんのに?」
「あいつらも逃げとるからなぁ」
 追って、逃げて。逃げながら、追いかけて。追いかけているのに、逃げていて。追いついたと思ったら、逃げ出した。
 誰が? 誰かが。
 それすらわからない。誰が逃げているのかも、誰が誰を追っているのかもわからない。捕まえたのか捕まっているのかさえわからない。
 ただ、それでも絶対に捕まえたい。欲深いんだ。
「逃がさんで」
「逃げねぇよ」
 嘆息するように笑って、青峰は下手な嘘をついた。
 笑顔の練習してこい、くそガキ。なんてことは、悔しいから言わないが。苦々しい感情を煽る、けたけたと喧しい音を立てる喉元に噛みついた。





[痛覚]

 青峰君の傷をなぞりながら、その数を数える。たくさんあって泣きそうだった。青峰君でこれだけあるなら、若松先輩はもっとあるんだろう。
 若松先輩は、青峰君を殴る。殴られるのに、殴る。殴り合うのは相当な理由があったときだけだけど、あんなに痛いことを繰り返して、ときには動けなくなるまで続ける。殴って怒鳴って、泣かせているのかはわからないけど、撫でて抱きしめて、キスをする。
 あれはどちらが絆されているんだろうか。
「痛そう……」
 どちらも悲痛な顔をして、どちらも痛快に笑う。その様子を見ながら、キャプテンは痛ましい表情をする。あの人は優しいんだ。
 ずきずきする。みんな優しくて傷ついているみたいだ。痛々しい。傷だらけ。ひどい顔。
「そんな顔、しないで……」
 寝ている青峰君を撫でると眉が寄っていく。痛かったのかもしれない。
 青峰君は笑う。若松先輩も今吉さんも笑う。苦しそうで、止まない鈍痛に心臓が軋む。痛い。
 でも痛いだけ。誰も泣かない。






ストックホルム症候群
加害者と被害者が同じ時間と空間を共有することでお互いに思い入れること。


「あなたが私を愛してから、私はどれだけ価値のある人間になったでしょうか。」
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名言


大犬レラプス
おおいぬ座の、絶対に捕まらない狐と絶対に捕まえる犬の神話


痛覚
おもに皮膚などで痛みを感じること。

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