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ぽたぽた。 WJ黒/子の/バス/ケの二次創作BL小説中心女性向同人サイトです
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3(オムニバスです)


[同病相憐れむ]

 コートの端で良を撫でる若松が目に止まる。びくびくしながら良は恥ずかしそうで、若松は豪快に笑っていた。
「なんや、不満そうな顔しとんなぁ」
 近づいてきた今吉サンは一言そう言って眉を寄せた。それでも細い糸目は笑っているようでムカつく。
「ひどう不機嫌やな、そがん顔せんでもええやん」
「……せっかく来たのに小言しかいわねーのかよ」
「止めれや、いい加減」
 鬱陶しくて横目で睨むと、今吉サンはにやにやと嫌味に笑う。胡散臭い笑顔だ。
「お前らが一緒におって、いいわけないやん」
 見透かした言い方が苛立たしい。そんなことを言うために話しかけてきたのかと思う。
 そんなことはわかっている。それでも、それがどうした。
「いーんだよ」
 睨みつけるように言い捨てる。今吉サンはますます眉を寄せ、怪訝そうな顔になる。
 いいんだとまた言った。正直、愛だとかめんどくさいし、どうでもいい。愛して欲しいと想うことが当たり前だとも思うけど、それだってよく分からないうちは面倒だ。だから愛があるとかないとか、そんなのは関係ない。
 ただ今は、あの人は、俺をしっかり見てるのかなぁ。そんなことばかり考えている。
「はいはい、もうええわ」
 今吉サンは呆れたようにそっぽを向く。去り際に、なんで好きになってしまったんだかと憎々しげに呟かれた。別に怒らせたかったわけじゃないのに、うまくいかない。舌打ちしたのは自分にだ。
 周りを見渡せば視線を逸らされる。目を合わせたくらいで噛みつきゃしないのに。今吉サンは若松と良のところにいて、あの中に入れば、誰かの目に止まるだろうかと思った。
 その思考が忌々しくて、もう一度、大きく舌打ちした。





[赤トンボ]

 今吉さんは諦めが早すぎると思う。文句を言われても聞き流して、何かあればため息を吐いて仕方ないと呟く。何もかも悟ったように、簡単に笑って止める。周りのために自らを捨てているようだ。
 最初はそれが腹に据えかねて、そのうち正しく思えてきて、一緒になって諦める。だってそれは、たぶん一番分かりやすくて賢いやり方だ。
「けどまあ、ムカつきますね」
「だったら近寄んなや、俺かて男にくっつかれとーない」
「それは無理です」
 理不尽なことを言うと腰に回していた腕を叩かれた。これ以上機嫌を損ねると後で酷い目にあうから、素直に腕を解く。解放された今吉さんはつまらなそうに首を掻いた。それだけで、遠くに行こうともしないで、ただ拗ねてみせる。子どもではないのに、子どもっぽい。
 頑張ればすぐに届く位置にある生白いうなじを見る。あまり筋肉がついていないからか、そこはえらく細く見えた。俺の腕と比べたらこっちの方が太いんじゃないだろうか。
 比べるように腕を首に回す。今吉さんの背中に覆い被さる格好は、今吉さんがでかくていつも上手くいかない。もっと細かったらいいのにと思うが、無いもの強請りなんだろう。また叩かれたくないから黙っているが。
「おーい、重いわ、寝よるん? よだれ付けたら殺すで」
「……寝てねぇっす」
 言い訳に眼鏡を引っ張る。嫌がった彼がこちらを向いて眼鏡を外す合図は、もう慣れた。呆れるような長いキスも。離れると今吉さんはまた前を向くから、いつも彼の後頭部しか見えなくなる。
 再び腕を腰に回して、再び現れた無防備な生白い首を見つめる。
「……なあ、俺、若松のこと苦手やけどな、愛しとるで」
「……どうも。あと、俺もです」
 背中に耳をあてながら、答えた。とくんとくんと背骨の中心から心音が聞こえてきて、こういうのを哀愁やノスタルジックと言うのだろうかと、場違いな眠気に犯された脳が鈍く考える。間違ってはいない気がした。
 今吉さんが何か言ったけれど、それは聞き流してしまった。今吉さんもそれはわかっているようで、なんだか何でも知られてしまっているみたいで少し居心地悪くなる。ただ、同時に、とても愛しいと思う。





[哲学]

 ベッドに裸体が沈んでいる。ほんのりと色づいた肌は健康的に白く、淫靡な光景にくらくらして、すみませんと呟く。
「謝らんといてや」
「はいっすみませんっ」
「ほれ、また」
「すみません!」
 どうしても謝ってしまうことの言い訳のようにキスしたら、舌に噛み付かれた。僕は泣いて、今吉先輩は笑う。
 もう一度キスして、今度は絡みついた。うまく呼吸が出来なくなって、今吉さんの胸を叩くけれど許されず、離すころには僕の息は切れ切れだった。
「のう桜井」
「はひっスミマセン!」
「何も言っとらんわ。お前、誰が好きなん?」
 今吉先輩が僕を見たまま言う。誰が好きかとか、そんなことを気にする人だと思っていなかったから驚いた。そして、嬉しくなる。キスして、抱きしめて、それが嬉しくて嫌でないなら好きなんだろう。だから僕は、たしかにこの人が好きだ。
「今は、今吉先輩です」
「あっはっは! 素直やなぁ~」
 頭を振って今吉先輩が笑う。そっぽを向いた顔は眼鏡がないためか傷ついたみたいに歪んでいた。
 でも僕はそれに気づかないほど、さっと動いた髪の間に目を釘付けされていた。テレビで言うような心臓が跳ね上がるような感覚はなかったけれど、ともすれば息を止めてしまいそうで、深呼吸を繰り返す。ちりちりと焦れている心を宥めながら、目の前にあるうなじに手を伸ばした。
「俺な、桜井のそういうとこ好きやねん」
 笑い声が言う。催眠術でも掛けるようにゆっくりと伸ばしていた手は、うなじを通り越してベッドに触れた。
「聞いとる?」
「はい! すみませんすみませんッ、あの、あ、ありがとうございます!」
「ええよ~」
 今吉先輩は笑う。歪んでいく唇は赤くて、細く細くなる眼は冷め切っていて、僕はそれだけで興奮していた。キスマークに苛立っていた気持ちなんて一気に霧散していく。心臓が早鐘を打って、好きだ好きだと訴えてきた。
 またキスしようとして、引き離されて思い出す。今吉先輩はキスが好きじゃないんだった。
「好きすぎてホンマ、殺しとーなる」
 言われて僕は殺されたくないから焦って謝った。でも、もしさっきのままだったら死んでしまうのは今吉さんだったなと思った。思うだけで実行なんて出来ないだろうけど。
 それと一緒に、僕はなんとなく、あの質問は答えなくてよかったらしいと察して謝った。





[4月1日]

 青峰、と若松が呼んでくる。名前を呼ぶ声って感情が過多に入ってるよなって思って振り向いたら、若松は無表情だった。
「俺はお前が嫌いだ」
 ぴくっとタオルに伸ばしていた手が止まる。ざわざわとなる感覚を押し込めながら、何を言うつもりだと視線を合わせようとした。
「仲間で後輩で、すげぇと思うし大切だけど」
 若松はわずかに俯いていた。そのせいでか声がいつもより小さい気がした。まあ、そんなの気にしないけど。
「すんごい、好きなんだけど」
 小鳥がチチッと鳴く声が聞こえた気がする。ムカつくなぁって思ってたら、若松が顔を上げた。無表情が、変わる。堪らないように我慢ならないように、眉が寄って口元が歪んだ。
 まっすぐ、弧を描く。
「悪いな、やっぱしなんか嫌いだわ!」
 そう言って若松は、笑った。大声で、屈託なく、ただ本気で心の底から、晴れやかに唇をにやつかせた。
 俺も、笑った。にぃっと唇を吊り上げて、笑えている。だって可笑しくって仕方ねぇ。
「俺も、アンタが大っ嫌いだよ!」
 叫ぶと俺も若松も吹っ切れていて、やっと出てきた笑い声にまたおかしくなって笑い続けた。意味も分からずに腹を抱えて笑い合う俺たちに気付いた今吉サンと桜井、他の連中が集まってくる。でも近づいてはこなかった。俺も端から見たら近づきたくないだろうな。
 今までのことを色々思い出して、馬鹿馬鹿しいと思う反面で、必要なことだったんだと、とてもいとおしく思った。だから、もしかしたら俺たちはかなりお似合いなのかもしれない。だってそうだろ? 俺たちはこんなにも好きあっているんだからな。
「嫌いだよ、青峰!」
「俺もだよ!」
 どうだよ、この状況は。最高だ。ちくしょうだ。だけど覚えとけ。それでも俺はアンタが大嫌いだ! ざまぁみろ。








同病相憐れむ
似たものは互いに惹かれあい、互いに親しみ合い、自然に寄り集まる。


赤トンボ
夕焼けこやけの 赤とんぼ 負われて見たのは 何時の日か


哲学
あらゆる仮定を退かしてものごとの根本の原理を考える学問。または経験しつづけた際の悟りのような考え。


4月1日
綿抜き。エイプリルフール。


フリティラリア・カムチャトケンシス
正式名(学名)Fritillaria camtschatcensis var.alpina 、別名ブラックサレナ、和名黒百合
本来黒い色素は植物になく、変異や異常により生まれる。実際には濃い藍色。花言葉“恋、恋の魔術、ときめき、呪い”




―――
キスする。身体を重ねる事も出来る。唯一無二、大切な存在。仲間で、理解者、共犯者。仲がいい。何でも話せる。思い切り喧嘩して、決別して、仲直りも出来る。一緒にいるだけで幸せ。安心してしまう。男が好きなわけじゃない、女好き。でも特別。崇敬、理想、憧れ。殺したいほど愛している。幸せになってほしい、幸せにしたい。嫉妬するし独占する。愛情が怖いんじゃない、でもよくわからない。道徳的にはおかしい、けど、そんなことで悩んでいるんじゃない。永遠に一緒にはいられない、とか、そんな諦めじゃない。非難されて辛い、悲しい、きつい、そういうんでもない。何も嘘は言っていない。

ただ単純に、どんなに好きでも、同時に嫌い。
でもやっぱり好き。

そういう桐皇のみなさん。

一応全ての話、若青を中心にしています。

拍手[9回]

 季節は秋、空は快晴、背の低い人だかり。
 ある日、公園に猫が捨てられてた。






 ダンボールの中では、みゃあみゃあと四匹の仔猫が鳴いている。見て分かるし、ダンボールの中には「どなたか、もらってください」なんて書いた張り紙もしてあった。子どもの集まる公園に置いていったのは、無責任な飼い主の微か良心なんだろうか。
 しかめっ面になっていた俺の目の前で、女の子が猫を抱き上げる。「白くて丸いからこの子は真珠にしようよ」と言う。その向かいで男の子が「えー、猫はタマだよ」と言っていた。他の子が、黒いもう一匹を撫でながら「こいつは何にしようか」と言う。仔猫たちは楽しむようにみゃあみゃあと応えていた。
 しばらくして名前が決まってしまうと、友達がどうしようと言ってきた。見て見ぬふりは誰もできないから、仕方ない。
 とりあえず手分けして里親を捜した。みんな自分の親に一応聞いてみて(これはやはり全員無理だった)、近所の猫を飼っている家や学校の先生にも聞いてみた。関わってしまった無自覚の責任感で、一度断られてももう一回言ってみたりした。その甲斐あってか、ただ一人、里親が見つかった。俺のまったく知らない女の人は、みんながタンポポと呼んでいた尻尾の先が白い仔猫を連れて行った。
 しかし、その人以外は誰も猫を引き取ってくれなかった。自分の家で飼えないのだからお願いと押し切ることもできなかったんだ。日が暮れてくるとみんな家に帰りたくなるし、それでも帰れないから、どうしようと言い始める。
「ここで育てる? この公園なら、みんな帰りに来れるし、飼ってもいいよね?」
 誰かが言った。
「変わり番こに世話して」
「シャケとかあげたらいいもんね」
 安直な考えで、順番はどうするのかも餌をどうするのかも決めないで、みんな賛成した。それでももう、どうしようも困ったも誰も言わない。みんな当たり前の事をやっていると思っていたからだ。
 一番年上の俺が、明日の朝の餌やりになった。家から牛乳を持ってくればいいかなと考えながら、はっと道路に飛び出して危ないと気付いた。同じことを友達も思ったらしく、また全員でどうしようと考える。
「あそこに入れてあげようよ。あそこなら飛び出したりしないし」
 雪という名前になった白猫を撫でていた小さな女の子が指差す方には、埋まった土管があった。そこは自分たちが入ることすら出来ないほどの大きさけど、三匹の仔猫を入れるくらいわけもない。ダンボールよりも安全だと、元々入っていたタオルを敷いて、水とキャットフードも一緒に入れる。猫はジャンプして出てきてしまうから、ほかの男の子が木の板を持ってきた。雨が入らないようにするんだって言って上に被せる。そうして見ると、そこは鉄壁の要塞のようになる。
 これなら安心だと、みんなで言った。


 朝になって、俺はちゃんと餌やりをした。登校班で学校に行く途中で、忘れ物をしたと言って猫の家に行く。隠していた牛乳パックを開けて皿に流すと、猫たちはゆっくりペロペロ舐めていた。それを確認して、学校に走った。
 下校。一度家に帰ってから公園に行くと、女の子たちが何人か土管の傍で立っていた。昨日あれだけ抱いていた猫を誰も抱いていないから、どうしたのだろうと思う。しかし、そんな疑問は近づくとすぐに理解できた。土管の中が空っぽになっていたんだ。屋根は土管の隣に立てかけられていて、牛乳を入れていた皿は洗われている。タオルは近くのゴミ箱にダンボールと一緒に捨てられている。仔猫は一匹もいなかった。
 ひどいと誰かが言った。自分のそう思っていたけど、朝ちゃんといたのを確認していたからか、ショックで頷くくらいしか出来なかった。


 それから二日くらい経ったと思う。猫のことはまだぼんやり覚えていて(というより、よく似た仔猫を神社の近くで見たとか、いろいろ聞いていたからだけど)何処かにいないかなと帰り道をきょろきょろしていた。そんなことをしていたからか、散歩中のおばさんが「落し物?」と聞いてきた。
 毎日同じコースを散歩しているこのおばさんとは、帰る時間が被っているのでよく会う。いつもは挨拶か会釈をするくらいの関係だったが、不審者ではないと知っていたから、俺は猫を捜していたとちゃんと答えた。
「あー、猫はそこら中歩き回るから、わかんないね」
「別に飼ってるわけじゃないしいいんですよ。ただ小さくて可愛かったから」
「ああ、土管に閉じ込められてた仔猫でしょ?」
 びっくりした。でもおばさんは俺を見ないで話しつづけていた。
「私この公園通るけど、そしたら鳴いてる声が聞こえてね。見てみたら餌も取れんで衰弱してて、上見たら烏が狙ってたし。可哀想になって私出してあげたのよ」
 おばさんはため息をついて、土管の方を見た。俺も釣られて見る。
「誰がやったのか知らないけど、閉じ込めるなんて酷いことをするね」
 どきんとして、それでも顔はなんでもないように、少し頷いた。
 またおばさんが歩き出したのをきっかけに別れ、まっすぐ公園を突っ切って、おばさんの顔が見えなくなってから走り出す。家までの距離はもうそんなになかったから、全速力のまま部屋に駆け込んだ。布団の中に潜り込んで、枕にぎゅっと顔を押し付けた。
 閉じ込めているつもりなんて、なかったんだと。助けようとしていたんだと。思ったけどぜんぜん言えなかった。俺たちの考えが幼く単純すぎて様々は可能性に至らなかったための行動は、愚かだけど非難されるものじゃなかったと思う。幼い正義感を責めるような大人は傍にいなかったし、大人の言うことはつまり、そこにいた四匹すべてを見殺しにしてしまう結果になっていたに違いない。
 それでもあの時言えなかったのは、怖かったからだ。
 あの仔猫を救ってくれたおばさんに、殺そうとしていた犯人は自分だと知られるのが堪らなく怖かった。猫のことなんて考えてない、自分のエゴで告白しなかったんだ。
「……っ、ぅー……」
 ごめんなさいと心で言った気がする。口に出すなんておこがましすぎて、そもそも消えてしまった猫に謝るなんてできない。おばさんに謝るのだっておかしい。あの人も会話したのは今日がはじめてだ。
 苦しい、けど何もいえない。だって今も、怖いと思っているだけで涙は出ていない。自分がこんなにエゴイストだと思ってもいなかった。


 次の日は、当たり前に来た。女子の何人かが猫の家を壊したのは誰なのかと不満そうに話していたが、俺は昨日のことを言う気にはなれなくて、結局犯人は分からず終いになった。もっとも、俺は猫の救世主の名前を今でも知らないのだけど。
 それから何日か経って、猫の話題は消えた。みんな一瞬でも慈しんだのに、いなくなってしまった猫には何の関心も抱いていないらしい。みんなもエゴイストなんだと思ったが、心は晴れなかった。



* * *




 目の前で、みゃあみゃあと鳴いている捨て猫を見ながら、過去の苦い経験を思い出していた。あんなに苦しい思いをしたというのに忘れていて、自分のエゴに眉を寄せる。この猫たちが真っ白と真っ黒でなかったら、きっとまだ思い出していなかったと思う。
「かわええなぁ……。なー、笠松そう思わへん?」
「……可愛いとは思うけどよ、……俺飼えねぇし」
 デートの途中で立ち寄った公園に子どもの人だかりがあって、捨て猫がいた。今吉はしゃがみ込んで子どもたちと一緒に猫を撫でている。俺は今の今まですっかり忘れていた罪悪感に襲われて、なんとなく猫を直視できないでいた。
「うーん、そうやなぁ……ウチは飼えるかもしれへんけど電車乗らなあかんし、連れて帰れんもんな」
「……仕方たねぇだろ。もう行こうぜ」
 居心地の悪い感覚に耐え切れなくて、今吉を引っ張る。今吉は諦めの付かない顔をしていたが、しぶしぶと付いてきた。
 だが、すぐに立ち止まる。
「おい……」
「なあ笠松、今日いくら持ってきとる?」
「は? ええと、二万ちょっと……」
「頼む! ちょお貸しとってくれん? タクシー使いたいねん」
「は……」
 驚いて固まってしまった。
 もっとも、いったい何処へ行くと言うつもりなのかということで固まったわけではない。俺たちはまだ何も買っていないから手荷物が多いわけではないし、これから向かう予定の場所もタクシーを使うような距離ではない。ならば、今までの流れを追えばすぐわかる。
「ならん?」
「いや……いいけど」
「ほんま!?」
 ありがとうと礼を言って、今吉はまた子どもたちの輪の中に入っていく。そこから戻ってくる頃には猫を二匹とも大事そうに抱えていた。
「……飼うのか、そいつら」
「ん、飼うで。かわええもん、大事にしたるわ」
 今吉は笑う。彼の腕の中で二匹も笑うように目を細める。それに何故かすごく救われた気がして、タクシーに乗ってから(運転手は非常に理解のある人だった)片方を持ってやった。
「すまんの。デートの埋め合わせはいつかしたるわ」
「んなの、いつでも構わねぇよ」
 動き回る黒猫を制しながら、ついでにそれまで返済も待っていて欲しいと今吉が困ったような笑顔を見せる。俺はそれはもういいと言った。
 怪訝そうな顔になる今吉を尻目に、俺の腕の中でじっとしていた白猫は、みゃあと楽しそうに鳴いた。







前ふり長い!暗い!
22.02.22っていう奇跡に間に合っただけでも奇跡なので許してください。

拍手[6回]

 それは、とてもきらきらしていると水戸部は思った。
 小さな悲鳴を上げた春日の目から溢れ出るものは、なんの特別性もないただの涙なのだけれど、その瞬間の水戸部を停止させてしまうには十分だった。彼が泣くという場面に遭遇したこと自体珍しく、それが驚くほど綺麗だったから困ってしまう。
 水戸部ももちろん泣いたことがある。悔し泣いたこともあるし、もともと涙腺が脆く、映画や読書でぼろぼろと涙してなかなか止まらなくなることもままあった。もらい泣きだって多い。
 ただ、人の泣く姿なんてものは、映画みたいに綺麗なものではない。興奮で顔は真っ赤になるうえ、鼻水も出てくるから、どちらかと言えば汚い。なのに今、膝の上で泣いている春日は綺麗だと思ったのだ。
 水戸部はどきどきと鳴る心臓に煽られるように息を呑んだ。春日が美人であるのも要因の一つか。両膝を付いたためにずっと近くなった背中が青空を背負って、彼の目元や両目を押さえつけている手にきらきらとセルリアンブルーを反射させた。頬は健康的な白いから赤く変化しとますます色気が増した気さえした。
 そして、一枚の絵を見ているような現実感のない感覚は感動に繋がった。
 本当ならすぐ謝らなくてはいけないと思うのだ。たとえ原因が春日にあったとしても、たとえ不可抗力だったとしても、春日を泣かせてしまったのは水戸部なのだ。春日の目元は擦りすぎて赤くなり、さらに水戸部の罪悪感を刺激する。だがそれ以上に、どうかその涙膜の覆いの下にある目をみたいと思った。泣いている間でさえ綺麗な春日にどきどきしている今、それだけで水戸部も泣いてしまうのだとわかっているからだ。
「……」
「うわ、っ……」
 視線で訴えっても伝わらないため頬に触れると春日は目を開く。充血した目が一瞬見え、しかし涙が止まらないためすぐに閉じられた。春日の口からはくそっと悪態が漏れた。
 その声に意思を取り戻した水戸部は、顔を赤くした。春日を見ているだけで湯気が出ている気がして、隠すために目尻にキスする。
「………………――ッ!」
 そして悶絶する。
 悲鳴も上げられない程のじんじんとした痛みが舌先からくる。痛い、すごく痛い。泣きそうになる。
 つい先ほど使った『痴漢撃退用スプレー』を見つめれば、地面に転がったスプレー缶にはどぎつい色の唐辛子が描かれていた。
 春日が泣きながら見つめてくる。口を押さえて見つめ返しながら謝ろうと思った。綺麗だったと伝えるのはその後で、まず謝らなくてはいけない。
 そうと決心した水戸部は、未だに溢れつづける涙を拭くためにハンカチを取り出した。





魁リクエストの水戸部受です。
最初はみかん汁(あれ本気で痛い)だったんですが、……テレビの特番の影響力強し。
2月~4月が一番多いらしい\(^O^)/

拍手[5回]

(オムニバスです)



[ストックホルム症候群]

 息苦しい。気持ち悪い。バスケをしている間、この感覚は消えない。それはもうずっと前からだ。
 がごんっと青峰がボールをゴールに叩き込んだ。本日19回目のシュートは自分たちから見ても鈍い。つまらなそうに、嫌そうに、気持ち悪そうに、恐れたように、青峰の周りだけ空間が広がる。青峰はまた不機嫌になっていて、何も言わなかった。
 ぐるぐると煮詰まるような感情をブザーが嘲る。くだらない結果だ。得点を確認する必要もない、勝って当たり前の、青峰が蹂躙しただけのつまらない試合だった。疑いすらしていなかった結果に笑いたくなった。
 整列してみれば、相手は泣いている。こちらは不機嫌と笑顔とびびりと疲れ。インターハイの出場決定したというのに我ながら馬鹿にしていると思う。ただ一人若松だけ、一番遠くで笑っているように見えた。
 その瞬間それが、何やら、ただただ愛しく思えた。
「……ああ、こりゃあれや。なんやったかな」
 狭いコートで、試合は40分。不定期に訪れる強制的な共有だ。きっと効果はあるだろう。
 しかし、ひどい。いったい被害者は誰だ?
 青峰の荒んだ力に一方的に蹂躙された相手チームや俺たちか。それとも力を押し付けられて俺たちに嫌われた青峰か。ならば同情したのは?
「若松」
「はい?」
「……お前、どっちなん?」
「は? 何ですかそれ」
 若松は分からないと視線で訴える。笑っていたくせにと思うが言わなかった。
 息苦しい。振り返ったところには誰もいない。コートはすでに空っぽだ。





[「あなたが私を愛してから、私はどれだけ価値のある人間になったでしょうか。」]

「若松先輩が、ちゃんと好きになってくれたらいいのに」
 帰り道で桜井に詰られた。驚いて振り返れば、桜井は俺を見たまま泣き出しそうな顔をしていた。
「若松先輩……」
「おう」
「僕が、好きですか?」
 外だからもう随分と暗い。家明かりに照らされて目元がかすかに煌めいた。
 桜井は綺麗だ。誰でも同じように、笑った顔と言うのが一番いいんだと思う。だけど桜井を思い浮かべるといつも真っ先に出てくるのは泣き顔で、俺はその顔が嫌いじゃない。
「ああ、お前も好きだよ」
「……そうですか」
 くすっと小さく桜井は笑う。なんだと思っていると唇が重なった。混ざる唾液を拭った一瞬、頭の端を誰かが掠めた気がした。
「……僕は、若松先輩のこと好きです」
「そうか」
「はい」
 抱き止めた腕の中で桜井は笑う。歪んでいく唇は赤くて、細く細くなる目元も赤くなっていた。俺はえらく、それに煽られた。
「だから、いつか愛してください」
 再び重なった唇を離すと、桜井は呟き、そして泣き出した。
 ひしゃげたような顔なのにやはり綺麗だなと思った俺はその涙を飲み干す。これは不味かった。





[大犬レラプス]

 床の上に引き倒されて、圧し掛かられる。死ねと思うが打ちつけた頭がまだ正常に働かないため口が動かない。そのうち服の下からまさぐられ、同時に喉元に熱いものが触れる。鋭い痛みにカッとして殴り付けた。噛みつくな。
 虚仮にされている気がして逆に押し倒した青峰にまたがる。右手を膝で踏みつけて、左手は頭の上に押し付けた。捉えた、そう思う。
「あ……?」
「ざまぁみぃや。縛りつけもせんで、好き勝手やれると思ーとるのがまず間違ごうてるで」
「あー……」
 笑って失敗したと嘯いて、青峰はからだの力を抜いた。腕を傷つけるような一切逃げない行動に舌打ちを鳴らす。
 こいつはもう絶対に捕まらないとわかっているらしい。逃げる相手は逃げ切れず、しかし捕まえる方も絶対に捕まえられない。だから逃げることも追いかけることも放棄して、お互い止まってしまった。一定の距離を保ったまま動かなければ、ずっと目の前にいるのにだ。
「……腹立つわぁ、いつか捕まえたる」
 首のネクタイを外した。必要ないが縛り付ける。そのほうが青峰が勝手に安心するんだろう。逃げない理由になるからだ。
「俺が追いかけてんだよ」
「阿呆。俺が追ってんのや」
「あいつらから逃げてんのに?」
「あいつらも逃げとるからなぁ」
 追って、逃げて。逃げながら、追いかけて。追いかけているのに、逃げていて。追いついたと思ったら、逃げ出した。
 誰が? 誰かが。
 それすらわからない。誰が逃げているのかも、誰が誰を追っているのかもわからない。捕まえたのか捕まっているのかさえわからない。
 ただ、それでも絶対に捕まえたい。欲深いんだ。
「逃がさんで」
「逃げねぇよ」
 嘆息するように笑って、青峰は下手な嘘をついた。
 笑顔の練習してこい、くそガキ。なんてことは、悔しいから言わないが。苦々しい感情を煽る、けたけたと喧しい音を立てる喉元に噛みついた。





[痛覚]

 青峰君の傷をなぞりながら、その数を数える。たくさんあって泣きそうだった。青峰君でこれだけあるなら、若松先輩はもっとあるんだろう。
 若松先輩は、青峰君を殴る。殴られるのに、殴る。殴り合うのは相当な理由があったときだけだけど、あんなに痛いことを繰り返して、ときには動けなくなるまで続ける。殴って怒鳴って、泣かせているのかはわからないけど、撫でて抱きしめて、キスをする。
 あれはどちらが絆されているんだろうか。
「痛そう……」
 どちらも悲痛な顔をして、どちらも痛快に笑う。その様子を見ながら、キャプテンは痛ましい表情をする。あの人は優しいんだ。
 ずきずきする。みんな優しくて傷ついているみたいだ。痛々しい。傷だらけ。ひどい顔。
「そんな顔、しないで……」
 寝ている青峰君を撫でると眉が寄っていく。痛かったのかもしれない。
 青峰君は笑う。若松先輩も今吉さんも笑う。苦しそうで、止まない鈍痛に心臓が軋む。痛い。
 でも痛いだけ。誰も泣かない。






ストックホルム症候群
加害者と被害者が同じ時間と空間を共有することでお互いに思い入れること。


「あなたが私を愛してから、私はどれだけ価値のある人間になったでしょうか。」
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名言


大犬レラプス
おおいぬ座の、絶対に捕まらない狐と絶対に捕まえる犬の神話


痛覚
おもに皮膚などで痛みを感じること。

拍手[7回]



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