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ぽたぽた。 WJ黒/子の/バス/ケの二次創作BL小説中心女性向同人サイトです
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 桜井は意味がわからないと思う。
 二週間前に桜井にまさかの告白を受けて、思わず了承してしまった。何だかいきおいで応えてしまったようで自分の迂闊さを後で歯噛みしたのだが今更どうしようもない。
「のー桜井」
「はいっすみません!」
「なんでやねん」
 多少口調がきつくなってしまうのは仕方がないと思う。連れ立って歩いている間、桜井はおどおどとしたままチラチラとこちらを窺っている。本格的にうっとうしい。慎ましい女子だってもう少し堂々としているだろう。女子とはそれなりに付き合っていた経験はあるが、男と付き合うのは初めてなのでわからない。
 別に桜井のことは嫌いではない。ただ、好きかもしれない、というだけだ。そういう目で見ていなかったのだから仕方ないだろう。
(こりゃこっちから仕掛けてやらなあかんか……)
 桜井から好きだと言われることはあるが、それだけだ。自分からは言ったことなどない。好きなんてただの言葉で、わざわざ言ってやる必要もない気もするし、男同士で好き好き言い合うのも気持ち悪い。
 だが、ならばこそ言ってみようかと思った。
 始めこそ桜井とのお付き合いに緊張していたものの、この二週間の間にしたのはキスが一回きりである。セックスはまだ本能的に怖いが、付き合っているのなら、もう少し色気があっていいのではないかと思う。
 しかし、どういう意味であれ桜井は泣き出す気がする。だがこのうっとうしいばかりの桜井の顔が哀しみに歪むのであれば少しはすっきりするだろうし、もし怒るのだとしても、それはそれで見てみたい。今の状況からは多少変わるのだ。
「桜井ぃー」
「は、はいっ」
 ぴたっと驚いて桜井の足が止まる。それがまた少しうっとうしいなと思うが、顔に出すことは我慢した。
「俺なー……」
「……?」
 上目遣いに見上げてくる桜井はすでに泣きそうだが、まだ泣いていない。泣けばうっとうしいとわかっているのに何故か口を開いてしまう自分に思わず唇が弧を描く。
「……えーと、なぁ」
「……はい……?」
 だが、あれ? と思う。
「え、と、うん。あのなー……」
 おかしい。
「……」
「先輩?」
 絶対におかしい。
 何故だが言葉が出てこない。からかってやろうとしているだけなのに言えない。もしかしたら声が出なくなったのではないかと思う。新手の病気だろうかと考えたがさすがに可能性は低そうだ。何かストレスなど感じているのだろうか。……それはあり得そうだ。いや、あり得ないのだけど。
 意味がわからないまま、やばいなと思う。別に言えないことなど何の問題でもないというのに、なにやら無性に恥ずかしくなってくる。どきどきして、なんだか顔が火照ってきた。
「あつ……」
 思わず顔を覆って呟く。ちゃんと声は出るらしい。
「暑いんですか……?」
「うん。俺暑いの苦手やわぁ~」
 すらすらと出る。それならやはり喉に問題はないのだろう。ではさっきのは何なんだ。
 再び歩きはじめたものの、先程よりも気まずい沈黙が降りる。桜井は相変わらずチラチラとこちらを盗み見ていて落ち着かない。
(いや、あれ……あっちゃー……)
 あり得ない理由ゆ考えて、その可能性にますます顔が火照るのがわかる。しかしまさかそんな。
「あ、あの!」
「えっ、あ、うん。なん?」
 突然大声を出されて驚く。桜井を向くと必死な顔になっていた。
「手、を、繋いでもいいですか!」
「……」
 今まさに暑いといったのに何故だと、自分の中でいやに冷静な部分がツッコミを入れる。しかしそれだけで、あとの思考回路は完全にショートしている。何も考えられない。
 だから思わず手を繋いでいた。桜井は真っ赤になりながらも握り返してくる。
(……えええええ?)
 お互いの体温が伝わって暑くてたまらない。まったく意味がわからない。暑いのが嫌いなのは本心であるから理由をつけて離してしまえばいいのに、それでも何となく、手をつないでいる。
「……桜井ぃ」
「え、はい! すみません!」
「いや……、あー……」
 好きだと口にしようとして、やはり声が出なかった。
 まったくもって意味がわからない!






学生なんだから、今吉さんもヘタレでもいいと思うんだ

拍手[3回]

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3(オムニバスです)


[同病相憐れむ]

 コートの端で良を撫でる若松が目に止まる。びくびくしながら良は恥ずかしそうで、若松は豪快に笑っていた。
「なんや、不満そうな顔しとんなぁ」
 近づいてきた今吉サンは一言そう言って眉を寄せた。それでも細い糸目は笑っているようでムカつく。
「ひどう不機嫌やな、そがん顔せんでもええやん」
「……せっかく来たのに小言しかいわねーのかよ」
「止めれや、いい加減」
 鬱陶しくて横目で睨むと、今吉サンはにやにやと嫌味に笑う。胡散臭い笑顔だ。
「お前らが一緒におって、いいわけないやん」
 見透かした言い方が苛立たしい。そんなことを言うために話しかけてきたのかと思う。
 そんなことはわかっている。それでも、それがどうした。
「いーんだよ」
 睨みつけるように言い捨てる。今吉サンはますます眉を寄せ、怪訝そうな顔になる。
 いいんだとまた言った。正直、愛だとかめんどくさいし、どうでもいい。愛して欲しいと想うことが当たり前だとも思うけど、それだってよく分からないうちは面倒だ。だから愛があるとかないとか、そんなのは関係ない。
 ただ今は、あの人は、俺をしっかり見てるのかなぁ。そんなことばかり考えている。
「はいはい、もうええわ」
 今吉サンは呆れたようにそっぽを向く。去り際に、なんで好きになってしまったんだかと憎々しげに呟かれた。別に怒らせたかったわけじゃないのに、うまくいかない。舌打ちしたのは自分にだ。
 周りを見渡せば視線を逸らされる。目を合わせたくらいで噛みつきゃしないのに。今吉サンは若松と良のところにいて、あの中に入れば、誰かの目に止まるだろうかと思った。
 その思考が忌々しくて、もう一度、大きく舌打ちした。





[赤トンボ]

 今吉さんは諦めが早すぎると思う。文句を言われても聞き流して、何かあればため息を吐いて仕方ないと呟く。何もかも悟ったように、簡単に笑って止める。周りのために自らを捨てているようだ。
 最初はそれが腹に据えかねて、そのうち正しく思えてきて、一緒になって諦める。だってそれは、たぶん一番分かりやすくて賢いやり方だ。
「けどまあ、ムカつきますね」
「だったら近寄んなや、俺かて男にくっつかれとーない」
「それは無理です」
 理不尽なことを言うと腰に回していた腕を叩かれた。これ以上機嫌を損ねると後で酷い目にあうから、素直に腕を解く。解放された今吉さんはつまらなそうに首を掻いた。それだけで、遠くに行こうともしないで、ただ拗ねてみせる。子どもではないのに、子どもっぽい。
 頑張ればすぐに届く位置にある生白いうなじを見る。あまり筋肉がついていないからか、そこはえらく細く見えた。俺の腕と比べたらこっちの方が太いんじゃないだろうか。
 比べるように腕を首に回す。今吉さんの背中に覆い被さる格好は、今吉さんがでかくていつも上手くいかない。もっと細かったらいいのにと思うが、無いもの強請りなんだろう。また叩かれたくないから黙っているが。
「おーい、重いわ、寝よるん? よだれ付けたら殺すで」
「……寝てねぇっす」
 言い訳に眼鏡を引っ張る。嫌がった彼がこちらを向いて眼鏡を外す合図は、もう慣れた。呆れるような長いキスも。離れると今吉さんはまた前を向くから、いつも彼の後頭部しか見えなくなる。
 再び腕を腰に回して、再び現れた無防備な生白い首を見つめる。
「……なあ、俺、若松のこと苦手やけどな、愛しとるで」
「……どうも。あと、俺もです」
 背中に耳をあてながら、答えた。とくんとくんと背骨の中心から心音が聞こえてきて、こういうのを哀愁やノスタルジックと言うのだろうかと、場違いな眠気に犯された脳が鈍く考える。間違ってはいない気がした。
 今吉さんが何か言ったけれど、それは聞き流してしまった。今吉さんもそれはわかっているようで、なんだか何でも知られてしまっているみたいで少し居心地悪くなる。ただ、同時に、とても愛しいと思う。





[哲学]

 ベッドに裸体が沈んでいる。ほんのりと色づいた肌は健康的に白く、淫靡な光景にくらくらして、すみませんと呟く。
「謝らんといてや」
「はいっすみませんっ」
「ほれ、また」
「すみません!」
 どうしても謝ってしまうことの言い訳のようにキスしたら、舌に噛み付かれた。僕は泣いて、今吉先輩は笑う。
 もう一度キスして、今度は絡みついた。うまく呼吸が出来なくなって、今吉さんの胸を叩くけれど許されず、離すころには僕の息は切れ切れだった。
「のう桜井」
「はひっスミマセン!」
「何も言っとらんわ。お前、誰が好きなん?」
 今吉先輩が僕を見たまま言う。誰が好きかとか、そんなことを気にする人だと思っていなかったから驚いた。そして、嬉しくなる。キスして、抱きしめて、それが嬉しくて嫌でないなら好きなんだろう。だから僕は、たしかにこの人が好きだ。
「今は、今吉先輩です」
「あっはっは! 素直やなぁ~」
 頭を振って今吉先輩が笑う。そっぽを向いた顔は眼鏡がないためか傷ついたみたいに歪んでいた。
 でも僕はそれに気づかないほど、さっと動いた髪の間に目を釘付けされていた。テレビで言うような心臓が跳ね上がるような感覚はなかったけれど、ともすれば息を止めてしまいそうで、深呼吸を繰り返す。ちりちりと焦れている心を宥めながら、目の前にあるうなじに手を伸ばした。
「俺な、桜井のそういうとこ好きやねん」
 笑い声が言う。催眠術でも掛けるようにゆっくりと伸ばしていた手は、うなじを通り越してベッドに触れた。
「聞いとる?」
「はい! すみませんすみませんッ、あの、あ、ありがとうございます!」
「ええよ~」
 今吉先輩は笑う。歪んでいく唇は赤くて、細く細くなる眼は冷め切っていて、僕はそれだけで興奮していた。キスマークに苛立っていた気持ちなんて一気に霧散していく。心臓が早鐘を打って、好きだ好きだと訴えてきた。
 またキスしようとして、引き離されて思い出す。今吉先輩はキスが好きじゃないんだった。
「好きすぎてホンマ、殺しとーなる」
 言われて僕は殺されたくないから焦って謝った。でも、もしさっきのままだったら死んでしまうのは今吉さんだったなと思った。思うだけで実行なんて出来ないだろうけど。
 それと一緒に、僕はなんとなく、あの質問は答えなくてよかったらしいと察して謝った。





[4月1日]

 青峰、と若松が呼んでくる。名前を呼ぶ声って感情が過多に入ってるよなって思って振り向いたら、若松は無表情だった。
「俺はお前が嫌いだ」
 ぴくっとタオルに伸ばしていた手が止まる。ざわざわとなる感覚を押し込めながら、何を言うつもりだと視線を合わせようとした。
「仲間で後輩で、すげぇと思うし大切だけど」
 若松はわずかに俯いていた。そのせいでか声がいつもより小さい気がした。まあ、そんなの気にしないけど。
「すんごい、好きなんだけど」
 小鳥がチチッと鳴く声が聞こえた気がする。ムカつくなぁって思ってたら、若松が顔を上げた。無表情が、変わる。堪らないように我慢ならないように、眉が寄って口元が歪んだ。
 まっすぐ、弧を描く。
「悪いな、やっぱしなんか嫌いだわ!」
 そう言って若松は、笑った。大声で、屈託なく、ただ本気で心の底から、晴れやかに唇をにやつかせた。
 俺も、笑った。にぃっと唇を吊り上げて、笑えている。だって可笑しくって仕方ねぇ。
「俺も、アンタが大っ嫌いだよ!」
 叫ぶと俺も若松も吹っ切れていて、やっと出てきた笑い声にまたおかしくなって笑い続けた。意味も分からずに腹を抱えて笑い合う俺たちに気付いた今吉サンと桜井、他の連中が集まってくる。でも近づいてはこなかった。俺も端から見たら近づきたくないだろうな。
 今までのことを色々思い出して、馬鹿馬鹿しいと思う反面で、必要なことだったんだと、とてもいとおしく思った。だから、もしかしたら俺たちはかなりお似合いなのかもしれない。だってそうだろ? 俺たちはこんなにも好きあっているんだからな。
「嫌いだよ、青峰!」
「俺もだよ!」
 どうだよ、この状況は。最高だ。ちくしょうだ。だけど覚えとけ。それでも俺はアンタが大嫌いだ! ざまぁみろ。








同病相憐れむ
似たものは互いに惹かれあい、互いに親しみ合い、自然に寄り集まる。


赤トンボ
夕焼けこやけの 赤とんぼ 負われて見たのは 何時の日か


哲学
あらゆる仮定を退かしてものごとの根本の原理を考える学問。または経験しつづけた際の悟りのような考え。


4月1日
綿抜き。エイプリルフール。


フリティラリア・カムチャトケンシス
正式名(学名)Fritillaria camtschatcensis var.alpina 、別名ブラックサレナ、和名黒百合
本来黒い色素は植物になく、変異や異常により生まれる。実際には濃い藍色。花言葉“恋、恋の魔術、ときめき、呪い”




―――
キスする。身体を重ねる事も出来る。唯一無二、大切な存在。仲間で、理解者、共犯者。仲がいい。何でも話せる。思い切り喧嘩して、決別して、仲直りも出来る。一緒にいるだけで幸せ。安心してしまう。男が好きなわけじゃない、女好き。でも特別。崇敬、理想、憧れ。殺したいほど愛している。幸せになってほしい、幸せにしたい。嫉妬するし独占する。愛情が怖いんじゃない、でもよくわからない。道徳的にはおかしい、けど、そんなことで悩んでいるんじゃない。永遠に一緒にはいられない、とか、そんな諦めじゃない。非難されて辛い、悲しい、きつい、そういうんでもない。何も嘘は言っていない。

ただ単純に、どんなに好きでも、同時に嫌い。
でもやっぱり好き。

そういう桐皇のみなさん。

一応全ての話、若青を中心にしています。

拍手[9回]

(オムニバスです)



[ストックホルム症候群]

 息苦しい。気持ち悪い。バスケをしている間、この感覚は消えない。それはもうずっと前からだ。
 がごんっと青峰がボールをゴールに叩き込んだ。本日19回目のシュートは自分たちから見ても鈍い。つまらなそうに、嫌そうに、気持ち悪そうに、恐れたように、青峰の周りだけ空間が広がる。青峰はまた不機嫌になっていて、何も言わなかった。
 ぐるぐると煮詰まるような感情をブザーが嘲る。くだらない結果だ。得点を確認する必要もない、勝って当たり前の、青峰が蹂躙しただけのつまらない試合だった。疑いすらしていなかった結果に笑いたくなった。
 整列してみれば、相手は泣いている。こちらは不機嫌と笑顔とびびりと疲れ。インターハイの出場決定したというのに我ながら馬鹿にしていると思う。ただ一人若松だけ、一番遠くで笑っているように見えた。
 その瞬間それが、何やら、ただただ愛しく思えた。
「……ああ、こりゃあれや。なんやったかな」
 狭いコートで、試合は40分。不定期に訪れる強制的な共有だ。きっと効果はあるだろう。
 しかし、ひどい。いったい被害者は誰だ?
 青峰の荒んだ力に一方的に蹂躙された相手チームや俺たちか。それとも力を押し付けられて俺たちに嫌われた青峰か。ならば同情したのは?
「若松」
「はい?」
「……お前、どっちなん?」
「は? 何ですかそれ」
 若松は分からないと視線で訴える。笑っていたくせにと思うが言わなかった。
 息苦しい。振り返ったところには誰もいない。コートはすでに空っぽだ。





[「あなたが私を愛してから、私はどれだけ価値のある人間になったでしょうか。」]

「若松先輩が、ちゃんと好きになってくれたらいいのに」
 帰り道で桜井に詰られた。驚いて振り返れば、桜井は俺を見たまま泣き出しそうな顔をしていた。
「若松先輩……」
「おう」
「僕が、好きですか?」
 外だからもう随分と暗い。家明かりに照らされて目元がかすかに煌めいた。
 桜井は綺麗だ。誰でも同じように、笑った顔と言うのが一番いいんだと思う。だけど桜井を思い浮かべるといつも真っ先に出てくるのは泣き顔で、俺はその顔が嫌いじゃない。
「ああ、お前も好きだよ」
「……そうですか」
 くすっと小さく桜井は笑う。なんだと思っていると唇が重なった。混ざる唾液を拭った一瞬、頭の端を誰かが掠めた気がした。
「……僕は、若松先輩のこと好きです」
「そうか」
「はい」
 抱き止めた腕の中で桜井は笑う。歪んでいく唇は赤くて、細く細くなる目元も赤くなっていた。俺はえらく、それに煽られた。
「だから、いつか愛してください」
 再び重なった唇を離すと、桜井は呟き、そして泣き出した。
 ひしゃげたような顔なのにやはり綺麗だなと思った俺はその涙を飲み干す。これは不味かった。





[大犬レラプス]

 床の上に引き倒されて、圧し掛かられる。死ねと思うが打ちつけた頭がまだ正常に働かないため口が動かない。そのうち服の下からまさぐられ、同時に喉元に熱いものが触れる。鋭い痛みにカッとして殴り付けた。噛みつくな。
 虚仮にされている気がして逆に押し倒した青峰にまたがる。右手を膝で踏みつけて、左手は頭の上に押し付けた。捉えた、そう思う。
「あ……?」
「ざまぁみぃや。縛りつけもせんで、好き勝手やれると思ーとるのがまず間違ごうてるで」
「あー……」
 笑って失敗したと嘯いて、青峰はからだの力を抜いた。腕を傷つけるような一切逃げない行動に舌打ちを鳴らす。
 こいつはもう絶対に捕まらないとわかっているらしい。逃げる相手は逃げ切れず、しかし捕まえる方も絶対に捕まえられない。だから逃げることも追いかけることも放棄して、お互い止まってしまった。一定の距離を保ったまま動かなければ、ずっと目の前にいるのにだ。
「……腹立つわぁ、いつか捕まえたる」
 首のネクタイを外した。必要ないが縛り付ける。そのほうが青峰が勝手に安心するんだろう。逃げない理由になるからだ。
「俺が追いかけてんだよ」
「阿呆。俺が追ってんのや」
「あいつらから逃げてんのに?」
「あいつらも逃げとるからなぁ」
 追って、逃げて。逃げながら、追いかけて。追いかけているのに、逃げていて。追いついたと思ったら、逃げ出した。
 誰が? 誰かが。
 それすらわからない。誰が逃げているのかも、誰が誰を追っているのかもわからない。捕まえたのか捕まっているのかさえわからない。
 ただ、それでも絶対に捕まえたい。欲深いんだ。
「逃がさんで」
「逃げねぇよ」
 嘆息するように笑って、青峰は下手な嘘をついた。
 笑顔の練習してこい、くそガキ。なんてことは、悔しいから言わないが。苦々しい感情を煽る、けたけたと喧しい音を立てる喉元に噛みついた。





[痛覚]

 青峰君の傷をなぞりながら、その数を数える。たくさんあって泣きそうだった。青峰君でこれだけあるなら、若松先輩はもっとあるんだろう。
 若松先輩は、青峰君を殴る。殴られるのに、殴る。殴り合うのは相当な理由があったときだけだけど、あんなに痛いことを繰り返して、ときには動けなくなるまで続ける。殴って怒鳴って、泣かせているのかはわからないけど、撫でて抱きしめて、キスをする。
 あれはどちらが絆されているんだろうか。
「痛そう……」
 どちらも悲痛な顔をして、どちらも痛快に笑う。その様子を見ながら、キャプテンは痛ましい表情をする。あの人は優しいんだ。
 ずきずきする。みんな優しくて傷ついているみたいだ。痛々しい。傷だらけ。ひどい顔。
「そんな顔、しないで……」
 寝ている青峰君を撫でると眉が寄っていく。痛かったのかもしれない。
 青峰君は笑う。若松先輩も今吉さんも笑う。苦しそうで、止まない鈍痛に心臓が軋む。痛い。
 でも痛いだけ。誰も泣かない。






ストックホルム症候群
加害者と被害者が同じ時間と空間を共有することでお互いに思い入れること。


「あなたが私を愛してから、私はどれだけ価値のある人間になったでしょうか。」
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名言


大犬レラプス
おおいぬ座の、絶対に捕まらない狐と絶対に捕まえる犬の神話


痛覚
おもに皮膚などで痛みを感じること。

拍手[7回]

(オムニバスです)




[矛盾]

 攻撃は、最大の防御。
「……てぇ……」
 殴られた頬を気にしながら、そんな言葉を考えた奴を恨む。上手く言っているし理屈も分かるが明らかに矛盾している。そんなことはあり得ない。
「よく、俺を殴るよな」
 天井を見上げた青峰がうろんげに言う。横倒しになった青峰の顔は痣が目立つ。きっと俺も痣だらけだ。
「なんで?」
「そりゃまあ、腹立つからな」
 呆れたような質問に疲れたまま俺も答える。
 なんでも何も、青峰の態度を考慮すれば当たり前だ。やる気もなく、見下して関わろうとしない。何か言おうとすれば暴言を吐く。向かっ腹が立つんだ。
「あと、おもっきし蹴るんだよなぁ」
「謝んねぇぞ」
「取っ組み合ったら引っ掻くし」
「お前だっていざとなったら噛みつくだろ」
 手を伸ばすと、それだけで簡単に青峰は近くなる。青峰がしっかり握り返すからだ。
「嫌いだ、若松」
「呼び捨てすんなや、俺も大嫌いだよ」
「はっ、上等」
 そう言って青峰は笑う。嘘臭い笑顔だと言ったが意に介さないようだ。
 なんとなく、最強の盾と最強の矛を思い出した。どちらも最強で、本当に戦っていたらどうなったんだろうか。どちらも砕けたか、或いは、時が止まっちまったか。
 くだらないと思いつつ手に力を込める。青峰も力を入れるから痛くなってきた。
 この拳が最大の防御を生み出せたら、青峰はもっと強くなる。だが最強の矛は抜き身の力だ。強くあるが、だからといって守ってくれるわけじゃない。守る盾がない。同じように、青峰の力がどんなに強力で強大でも、守ってくれないし守れない。
「あんた、大嫌いだよ」
 攻撃は、最大の防御。ふざけんな。ならなんで青峰は手を伸ばす。
「……俺は好きだからいいんだよ」
 俺が殴るのは、いつも抜き身青峰だ。





[他力本願]

 動かない良を見下ろしながら死んだかなと思う。体格でも体力でも俺が勝っていて、ついでに負担がかかるのは良の役だ。
 名を呼びながら揺すると、ぴくっと瞼が開く。しばらく焦点の合わない目が視線をさ迷わせるが、俺を見つけると止まる。そのまま僅かに笑われた気がする。
「青峰君は、誰かを好きになってくださいよ……」
 掠れた声で良が言う。縋るような口調だが、懇願ではなかったから、変な感じだ。
「好きになれ、ね」
「すみません」
 謝るのは、癖というより反射に近いとこの頃わかった。過去に何かしらあったのかも知れないが、良から話さない限り、聞こうとは思わない。
 今はただ、好きになれと言われたことを反芻する。そうしたら、少しむかついた。
「良、おい良」
「はい、すみませ……」
「好きだ」
 良は一瞬疑問符を顔に浮かべて、驚愕して、それからゆっくり微笑む。同時に赤くなっていくから、ああ、こいつ笑えば可愛いんだと改めて思った。
「……青峰君の、そういうところ嫌いです」
「ふざくんな」
 抱きしめる。腕の中に収まってしまって、ああ、良は小さいなと感じる。手の回らない背中が寒いけど、胸板に嫌いじゃない温さがある。近づいた心臓同士が鼓動を鳴らして、温まっていく気分だ。
 そのうち、良の手が背中へ回ってきた。そしてかすかに微笑んで言う。心臓が、少し冷たくなる。
「ごめんなさい、やっぱり嫌いです」
「ち、そーかよ」
 それでも背中は温かくなった。心臓が脈打つと、温かいなぁと、頬が緩んでいく。好きも嫌いも、この温かさに勝てない。所詮はその程度だ。
 俺は好きになれないから、良が誰かを好きになればいいのにと呟いた。そうしたらまた謝られた。





[鏡に吠える犬]

 部室を閉めたとき、思わず呟いた。
「気色悪いわ。あの二人」
「へ? すいません!」
「うっざい」
 近くにいた桜井がまた反応して謝る。こいつもうざい。
「練習するのしないの、いちいち鬱陶しゅうてならん。やめればええのに」
 毎度、試合ごとに突っかかって喧嘩して。勝っても負けても殴り付ける。あの二人はしょっちゅう目を合わせて殴り合うのだ。あれはもう手を使えるだけの獣の喧嘩だ、あれでは幸せにならない。なってもムカつくが、ならない理由がどうしようもなく下らない。
 ただ単に、自分の出来るバスケと出来ないバスケにそれぞれ苛立っているだけだ。出来ると出来ないは違うし、やりたいとやれるも違う。それがわかっていないからお互いを見ると吠えかかる。殺したくて、食い千切りたくて、もしそうなれば自分も死んでしまうことに気づかない。
「ホンマ気色悪い」
「ういっすみません本当すいません!」
「せやからうざいっちゅうとるやろ」
 何故隣にいるのかと思うが、問い詰めてまた謝られたくないし、かかわり合いたくない。最悪だと言いながら睨んだ。
 ばっと桜井は目を合わせないよう必死に逃げる。もしかしたら犬猫のように、目を合わせたら桜井も吠えてくるんだろうか。
「……ははッ」
 思わず失笑する。くだらない。くだらなすぎて、どうにもならない。





[かくれんぼ]

 青峰君がいない。鞄があったからまだ校内にいるのだが、保健室にも屋上への階段にもいなかった。仕方なく体育館に戻ると、他の部員の皆さんが悪態を付いていた。次の試合は青峰君が必要になると事前に言ってあったのに消えてしまったのだから当たり前だろう。
 原澤監督と桃井さんの話だと、出発前に見つけられたら試合に出るという。まるでかくれんぼだとキャプテンは呆れていた。
「いたか?」
「ひぃッすみません見つかりませんでしたすみません!」
「じゃあ、仕方ねぇな。虱潰しに回るか」
 若松先輩はさっさと歩き出した。僕はまた歩かなくては駄目なのかと内心泣きそうになったが、体育館に充満する空気を感じ続けるよりよっぽどマシだと思って、ついていく。
 一年教室、トイレ、家庭科室、図書館、歩きながら横目で見ていく。同時に、かくれんぼはどんな遊びだっただろうかと思い返していた。小さいときは公園などでやっていた記憶があるが、だんだんやなくらなくなって、高校生になってからは皆無だ。
「桜井?」
「かくれんぼは」
 鬼がこどもを探しだす遊び。鬼は古今東西喰らうもの、こどもは、供物。隠れている子供が、鬼に見つかれば、その子はどうなるんだろうか。
「喰べられちゃうんですか?」
「あいつ食ったら腹痛どころの騒ぎじゃねぇぞ、たぶん」
「若松先輩は?」
 喰らいたいだろうか。青峰君を喰らいたいのだろうか。
「桜井、おは前食いたいのか?」
 逆に訊かれて、僕は黙った。若松先輩は答えないとわかっていたのか、
一人でさっさと階段を登っていった。何となく、その先に青峰君はいるのだと確信する。
「……見つけなければ、何もなくて幸せですよ」
「だからって、見つけなかったら帰れねぇだろ」
 校長室の扉を開けると、鼾をかいている青峰君がいた。
 叩こうとする若松先輩を見ながら、遊びはお終いと呟いた。








矛盾
最強の矛と盾。答えなし。


他力本願
自分はしないで、他人がしてくれるのを期待する。


鏡像に吠える犬
相手が自分だとわからないで威嚇する。相手(自分)に無反応な犬もいる。


かくれんぼ
鬼役の一人が隠れている相手を探し出す遊び。本来は隠れる方が鬼だった。

拍手[4回]



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